空の見える窓から

50代、主婦。ミニマリストになりたい。

【終末期】治療が終了。入院もいらなくなりました

 昨日、母と上の弟(長男)とで、今後の方針について病院の説明を受けてきました。

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説明してくださったのは、今までの主治医ではなく、緩和ケア担当の医師です。

今まで父がどんな病状だったかは、どんな経緯でこのブログのことを知られるか、知った後の影響を考えて書かずにいましたが、(いまだに家族には知られていない)、本人もすっかり落ち着いたので書ける範囲で書こうと思います。

母と違って私は記録していないので、正確ではありません。覚えている範囲のことになります。

 

父に食道がんが見つかったのは2015年の初め頃。検査をして手術が2月頃。縫合した部分がうまく治らず再手術。放射線治療抗がん剤治療あり。

退院後は定期的な検診と、手術によってものが飲み込みにくくなったので、広げる処置を数回受ける。

2016年秋ごろに肺と肝臓に転移。年明け早々、毎月定期的に抗がん剤治療をすることになったが、この時点で余命について示唆があったようで(父本人にどのような伝え方をされていたかまではわからず)、2017年の正月には兄弟が集まるよう言われる。

 

この時点で、次の正月を迎えられないかもしれないという話をされる。

 

2017年前半の抗がん剤治療は、副作用が強く、食欲がほとんどなくなったり、体力の低下が著しい。外出をほとんどしなくなり、立ち上がりが困難になってきたことから介護保険の申請。要介護1の認定。

年後半は抗がん剤を変えてやはり定期的に治療したものの、これ以上続けても効果は得られないだろうということで、治療は終了。 ←今ここ。

 

で、話は戻ります。

 

病院での緩和ケアというのは、痛みやその他の苦痛が激しい場合に、鎮痛剤などを使って「緩和」することが目的なのだそうです。

 

私はそこに精神的な苦痛とか、家族のケアが含まれるのなら、父のケースでも「入院」なんだろうなあと何となく思っていたわけです。がんは一般に、痛みが激しくなるというのを聞いたことがあるし。床ずれもあって、今後増えそうだし。

 

ところが、末期がんにもかかわらず、父の病巣は痛みを感じる部位にはないとのことで、本人に聞いてもそうですが、痛みはぜんぜんありません。

肺にも転移がありますが、痛みも息苦しさもないのです。

病院が「医療行為」ですることは、もうない。だから、入院の必要はないということでした。

今後は在宅でショートステイ等、利用できる制度は最大限利用してはどうか、「訪問医療」と言って、医師の派遣も可能であるとの説明も受けました。

 

母たちが帰宅して、父と話し合って決めたことは、「訪問医療を受けよう」と言うことでした。歩くことも困難となってきたので、

 

「家にいながら医師の往診を受けられることは、なんてありがたい」

 

と父も大いに納得したようです。

 

父がほとんど食べたり、飲んだりしない現状については、医師からあらためて丁寧な説明があったそうで、母もこの期に及んでやっとのこと、「もう食べたり飲んだりを強制できないのだ」と理解してくれました。さんざん訪問看護師さんに説明されてはいたんですけどね。

今までの母のストレスの半分くらいは、父が思うように食べたり飲んだりしないことだったので、かなり気が楽になったようです。

 

父は父で、「家で食え食え食え食え言われないから、よかった」と心底ホッとしています。

 

ここに来て、私たち家族にとってとても意外なことは、「父はもう普通の老衰状態にある人と同じである」ということでした。もう、がん患者として過ごすのではなく、普通の老人として過ごせばいいという医師の説明だったそうです。

 

薬も、4種類あったのが2種類へ(去痰剤と胃酸を抑える薬)。

 

今通っている老健さんからも、「今の状態でしたら、こちらでお引き受けできますからどうぞご安心ください」と言っていただいています。

 

今はまだ、父も何とか歩いてトイレまで行けるし、好きな相撲中継を見たりして楽しんでいますが、そのうち次第に昼夜逆転がひどくなったり、寝たきりの状態になったりするでしょう。

 

幸いなことに、ウチも私が手をかける家族が無くなったこともあり(8月ごろはまだウチのことだけで手いっぱいだった)、泊りがけで実家の手伝いにも行ける状態になっています。

 

あと数か月、後悔の無いよう過ごそうと思います。

 

◆家族向けではありませんが、終末期についての資料

http://hospital.sanyudo.or.jp/files/20160217154837.pdf

 

 

 

 

 

 

実子が来なくてどうする?

父は今日から2泊3日のショートステイ

 

外出は好きなのに、出かけるまでが大儀らしく、この靴下は滑りやすいとか、上着がないと寒くてどうしようもないとか(前回のディサービスでは自分でいらないと言ったのに)、ありとあらゆる準備に文句を付けた挙句、なんとかご出発あそばしたようです。

 

自分が以前言ったことは忘れていて、なんでも不都合は人のせいになっているみたいです。ひー

 

それにしても、母と、心穏やかな時間を過ごしたいとか思わないんだろうか。あまり時間がないってことに気が付きたくないだけなのか、もうそういうことが分からなくなっているのか。

うーん。

 

出発してすぐと思われる時間に、母が「やっと出かけた~」と電話してきましたです。起こしてから支度が出来て、出かけるまで2時間かかったんだとか。

 

夕べ、弟(次男)に

 

「これ以上の治療ができずに緩和ケアに入るから、(夫婦そろってでなくても)、忙しいだろうから一人ででも来れない?」

 

とメールしたところ、

 

「週末に嫁さんが行くんだけど、姉貴の行く日と合わせたい」

 

いや、あなたが週末忙しいのはわかってます。だから平日でもいいからあなたがいらっしゃいという意味だったんですが。

 

お嫁さんが来るのが悪いとか、来て欲しくないとかじゃないんです。

 

まずはあんたが来なくてどうする!

 

今後のスケジュールは、24日の説明を聞かないと何とも言えないけれど、それは連絡済み。来る前に母に確認するように言ってあるのに。

 

ちなみに、病院(午後から)の説明は弟(長男)が出ることになりました。毎週末には実家に顔を出して母の手が回らない部分をサポートしているため、状況はわかっています。ツボは外さない、さすがの安定感。

ショートステイから父が帰ってくる時間が夕方なので、これで私が実家で待機できます。母も安心して時間を気にせず説明を聞けるでしょう。

 

あまり顔を出せない次男(片道1時間半はかかる)と、ちょくちょく顔を出せる私たちとの温度差は仕方がないかな。もう少しこまめに状況を知らせていればよかった。

何しろ、父の変化のスピードが思っているより早く、しかもここ1週間ほどはさらに加速しているのでこっちも当惑しているというか。

 

10月の旅行のころと比べると、随分動けなくなったから、驚くかもしれないね。 

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なるべく時間を作って会いに行って。お父さん喜ぶから。

 

 

治療から緩和ケアへ

 今日、父と母で入院中の検査結果を聞きに行ったのですが、もうこれ以上体に負担となる治療は止めて、緩和ケアに移行することを提案されたそうです。

 

緩和ケア

重い病を抱える患者やその家族一人一人の身体や心などの様々なつらさをやわらげ、より豊かな人生を送ることができるように支えていくケア(特定非営利活動法人日本緩和医療学会による『市民に向けた緩和ケアの説明文』)

 

父が治療を受けている病院は、緩和ケア病棟はありませんが、緩和ケアチームがあるそうです。母から同席を頼まれたので、病院の説明を受けてきます。

 

もう、今までの主治医の先生の手は離れるんだそうです。

 

大変親身に診ていただいた先生の元を離れるのは、家族として心細さを感じますが、同じ病院内のことですので何らかの連携は取っていただけるのかな?と思っています。

 

18日の土曜日、父のトイレコールのために無線で2階の母に知らせるチャイムを設置したのですが、夕べなどはトイレ以外にも「あのカタログを取ってくれ」「〇〇を探してくれ」など夜中に何度もチャイムで起こされ、もう母には対応できそうにありません。

 

入院時期や入院期間、その他いろいろと聞いてこようと思います。

 

 

 

在宅介護はそろそろ限界?

今日は母の通院の間、留守番のために実家へ行ってきました。

 

おそらく、父だけの留守番もずっと寝ているなら置いて行って大丈夫なんですが、万一トイレに行きたいとか、ベッドから落ちたりとか、布団がずり落ちたままで数時間…なこともあるかもしれないので。

 

実際はどうだったかというと、ずっとご飯も食べずに眠っていました。

 

口には出しませんでしたが、かなり筋力が落ちていて、

  • ベッドから起きて座る姿勢が取れない
  • 座った位置から横に移動できない
  • 立ち上がるにも、室内の移動にも介助が必要
  • 薬をパッケージから取り出せない
  • かろうじて箸は使えるが、細いものをうまくつまめない

薬もさっさと自分で飲んでいたのが、水だけを飲みこむにも力を入れないと飲み下せないようになっていて、「え?いつの間にこんなに変わったの」。驚くというか、焦るというか。信じたくないというか。

 

この間の土曜、デイサービスに行くときも歩行介助が必要だったので「あれ?」と思ったのですが、確かその1週間前に退院した時は、まだ介助なしで歩けていたはず。

父は、母や私のいないところでは、案外一人で動いていることもあったらしいので、どこまで筋力が弱っているかわからないところもあります。

 

それから、ベッドから起きる時に母が介助していたのですが、足を滑らせて一緒にベッドに倒れこんでいたのでヒヤヒヤしました。こういう時でも(まだ力もある)私に手伝わせようとしないのはなぜ?

 

そういえば。

 

今月末に、先日調査のあった介護判定の結果が出るのと、手すりの設置工事の申請が通ったのと、介護用ベッドをレンタルする希望を出しているので、そういったものが全部揃うと多少は母の負担も減るのかなと思います。

 

今は週2,3回手伝い(というか賑やかし)に行くだけですが、そろそろ泊まり込みで手伝うのも考えておいた方がいいのかも。

 

 

母、激怒する

今日、父はデイサービスの日だったので、頼まれていた防水フィルム付きガーゼ(大きい絆創膏みたいなもの)を届けに、迎えのバスが来る前に実家へ行きました。

 

ドラッグストアに行けばフツーに売り場にあるものですが、比較的大きな傷のためのもので、床ずれの手当てにも使われます。

 

デイサービスでお風呂に入るので、交換するのに持って行きます。

 

珍しい品ではないのですが、普段なじみがないのでドラッグストアに行っても目に入らないらしいのです。まあ、ガーゼや包帯などの衛生材料はあまり減らないから、売り場に行くこともあまりありません。

 

病院で使うものは、まとめて業務用を仕入れるでしょうから、看護師さんに聞いた製品名で市販品に該当する物はなかったです。ケアマネさんもよくわからないようでした。床ずれって珍しいの?

 

実家に着くと、またもや母が食事をとらない父に向って怒っています。怒っているというよりはキレて逆上しているというか、今までにないことで珍しい。この二日間ほど、食事らしい食事を摂っておらず、柿などの果物や、お茶を飲むだけなんだとか。

 

「(硬めの)柿は食べるのに、お味噌汁に入っている軟らかく煮た野菜は『飲み込めない』って残すのよ!」

「『〇〇が食べたい』って言うから作ったのに、一口食べておしまいなのよ!」

「(食卓にいつものおかずを並べて)『どうして食べられないの?』って聞くと、『食べるものが無い』って言うのよ!」

 

あー かなりストレスが溜まっているようです。最近母自体も持病の薬を変えたばかりなので、体調が安定しないのもあるのかも。

 

そのうち、送迎車が来る時間が近づくと、

母「玄関先で待たせるとほかの方に迷惑がかかるから、(居間に座っていないで)もう靴を履けば?」

父「時間に幅があるんだから、そんなに早く出なくたっていいよ!」

 

わー もう売り言葉に買い言葉だよ。朝っぱらからよくそんなに騒げるな~

いやー、今日は今年一番の寒さ。玄関も寒い。

 

私「ちょっと待って。このご近所も回るんだから、家の前で車が見えたら知らせるから、それからでいいんじゃない?」

 

父がデイサービスに行きたがらないかと思ったら、すんなり出発したのでひと安心。元々外出するのは好きですし、お昼もおやつも出るので、何かしら口にするでしょう。

 

何よりこの夫婦を、今、一緒の空間に置いとくのはマズイ。

あのー 最後までお互いケンカして過ごすんですか?当事者がそれでいいんなら、別にいいけどさ。

 

父が出かけた後、頭にすっかり血が上ってしまった母は、ずっと怒りっぱなしのしゃべりっぱなし。いいよいいよ、気が済むまでお付き合いしましょう。

そこへ弟が、ホームベーカリーで焼いたクルミとレーズン入りの食パン(母の好物)を持って登場。

 

「もう多少血糖値が上がってもいいわ!今日は食べる!コーヒー淹れて頂戴」

 

パンの後にお昼ご飯を食べながらも、ずーっとしゃべり続け。食後のお茶を飲むころやっと落ち着いたのか、今度は亡くなった曽祖父(母の祖父)の話。

曾祖母と祖母が遠い親戚関係にあったとか、祖父が8人兄弟の長男だったとか、初めて聞く話ばかりで興味深かったのですが、そのうち親戚関係についていけなくなりました。母のいとこだけでいったい何人いるんだろう。

 

そのあと、散歩と気分転換を兼ねて買い物へ。床ずれ予防のドーナツ型クッションを入手。ドラッグストアの衛生用品コーナーもチェックして、追加の防水フィルムも購入。

 

いくらか気分転換になったようなので、今日の任務は終了。父が留守のせいもあって、両親の実家関係の話がたくさん聞けたのが予想外でした。母もかなり疲れが溜まっているようなので、来週父のショートステイが予定されていてよかったです。

 

 

 

介護される父を見て安心する。

各方面で、超絶ガンコ認定された父ですが、 

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皆さん、医療職、介護職にたずさわるものとしての倫理観や使命感からなのか、どれだけ父がトンチンカンなことを言おうと、理解が遅かろうと、怒り出そうと、冷静さを失わず、「ひとりの人として」向かい合ってくださるのです。

 

一人でできるのは、手すりのある場所を歩くことと、座る姿勢を短時間保つこと、食事をすることくらいで、あとはほとんど人の手を借りずに生活することはできません。

 

施設サービスを利用することで、介護者である母の負担はずいぶん軽くなりましたし、じりじりと衰えていく状況を、ケアマネさんや訪問看護師さんが共有してくれます。

 

今朝も報道されていますが、「キレる老人」「暴言・暴力を振るう老人」が問題視される中、

 

介護を受ける立場の父に真摯に向かい合っていただけることは、家族にとって大きな心の慰めになるのです。これは私にとって予想外の感情でした。

 

「自分の身内が優遇されているから」という意味ではありません。社会的に稼ぐわけでも、何かで貢献するわけでもない、むしろ邪魔者扱いされかねない老人にそのように接しているのを見ると、ものすごく安心するとともに、

 

他人を「稼いでいるから」「社会的地位が高いから」「社会に貢献しているから」「優秀だから」等々という理由で、評価しがちだった自分の視野がいかに狭かったかを思い知らされました。

 

自分にも、自分の周囲の人にも、これまで私はぞんざいでした。もっと大切にします。

 

 

 

 

ガンコな父、お世辞を言う?

病棟看護師さんにも、老健スタッフさんにも、ケアマネさんにも、超絶ガンコ認定された父なんですが、 

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そのあと母からこんこんと言い含められ、反省したんだそうです。

 

「人を見下して、上から偉そうにモノを言って、気持ちよく接してくれると思う?助けてもらわないとどうしようもないのはお父さんでしょ?わがままも大概にしないと!」とかなんとか。

 

で、くだんのデイサービスから帰ってきて言うには、「オレ、今日はお世辞言ってきたぞ!」← まさか得意気だったとか?

母:「で、なんて言ったの?」

父:「『今日はよろしくお願いします』って言った」

 

その話を母から聞いて、二人で大コケ。「「それは当たり前のごあいさつでしょうーがっっ!」」

 

専門医の診断は受けていないのですが、父はもう認知症を発症しています。日常の会話は今のところ支障なしです。母のお説教をどれくらい正確に理解したのかはわかりませんが、「今の態度ではいけない」ということは伝わったみたいです。

 

いずれにせよ、和やかな雰囲気で一日過ごせたようなのでほっとしました。

 

高齢の男性って、とにかくどこでも人を使用人扱いすることが多いのですが(もうめちゃめちゃ不愉快)まさか自分の父もそうだなんて。

ショックですわ。

ところが、生物学的に♂は♀に選んでもらわなければならないので、「自分はほかの個体より優れているアピール」をするのはある意味仕方がないとかいう話を聞いたことがあります。

 

じーさんには、それ、いらないと思うんですけどね。

 

年取ったら、男性女性にかかわらず、愛嬌が大事だということかあ。

私も一つ学習しました。