空の見える窓から

50代、主婦。ミニマリストになりたい。

無意識に自分を責めていたことに気づく

先日のこの記事。 

fukulife.hatenablog.com

 

仕事で疲弊した人にありがちなのが、自分を責めること。夫がそんな風なのを見て、なかなか辛いものがあるなあ、そんなに思い詰めることないのになあ、とか思っていたわけですが。

 

自分だってそうじゃん!

 

いや、普段は忘れているし、口にも出さない。もう昔のことなんですけれど。

 

私が節約だ!貯蓄だ!って闘志(何に対してだ。投資じゃないのか)を燃やしていた頃。「私はガチで守銭奴よ。他人が何と言おうとお金を貯めるわ」って思っていました。

 

自分がやっていること=世間様はバカにすること

 

っていう意識。自分は好きでやっているけれど、世間からはあまり褒められない(と当時は思っていた)ことをやっているという自分Disりを、今だにやっていることに気が付きました。

 

それ、いつまで握りしめているの?

 

ことの発端

 

今では考えられませんが、「節約=お金に困っている人がするもの」と思われていた頃です。バブルのころか。

実際、我が家は笑っちゃうほどビンボーだったから、当たっているんですけれど。お風呂の残り湯を洗濯の予洗いに使ったり、寒い時には厚着をしたり。見栄でお金を使わなかったり。そんなもんです。

 

さすがに公園で水を汲んだりはしていませんが、オシャレでもスマートでもなかったです。

すると、外野がいろいろ言うわけですよ(それも資産家でもない人が)。

「ケチケチしてお金を貯めてもねえ」

「お金より大事なものがあるよ」

 

もうすぐ子どもが生まれるし、妊婦検診(自費診療)にもカツカツだったから、お金はいくらでも必要でした。

 

少しでも貯めないと、保険で対応できないようなダメージもいろいろあるものです。例えば、交通違反で罰金!とか。万単位だからその月の貯金が吹っ飛ぶけれど、生活費に食い込むのはかろうじて防げる。

他所様はそれくらいなんともなかったのでしょうが、ウチにとってはダメージ大。

 

だから、最初は周囲を見返してやる!みたいな意気込みだったです。結婚何年目だか、貯蓄1,000万円を達成したときは思わずガッツポーズしましたね。

 

双方の実家からは離れていたので、節目のお祝い金などはありましたが、結婚費用やマイホーム資金、生活費の援助などは受けていません。

 

いや、援助を受けるのが悪いってことじゃないですよ。ウチが依存したくないなーと思っているだけで。可愛げないです。

世の常として「お金を出す」と「口を出す」はセットです。それはご免蒙りたかっただけ。

 

どうかすると、お金も出さずに口を出されることもありますけどね。

 

で、今は?

節約自体は不要になりました。ただ、お金を使う時の満足感だとか楽しさは意識しているので、これまでとそんなに使い方は変わってはいません。

 

大体、首都圏に住んで都内で収入を得ている時点で、貯めることについてはアドバンテージがあります。生活費も都内より安いし、その割にインフラは整っているし。通勤時間は多少かかりますが。

 

昨年は交際費などでかなり使いましたけれど、環境が良かったのか、株式や投信の含み益で増えた分の方が多かったですし。

気持ちの余裕も得られるようになりました。

 

確かに、カッコ悪くてジタバタしていたかもしれないけれど、そこまで卑下することでもないわー。

「威張ることではないけれど、健闘しました!」ぐらいは自分に言ってやりたい。

 

 

 

 

「昔の思い込みは放置しているとそのまま残っている」というお話でした。