日曜夜に実家のSOS。年を取るとちょっとしたことができなくなってくる
夕べ(日曜夜)7時ごろ、母から電話がかかってきました。
「お父さんのコンタクトレンズ、両目ともズレちゃって外せないの。私はわからないし、このままほっておいても大丈夫?」
父は要介護1です。もう外を歩くことはできなくなっています。
50年以上ハードコンタクトを使っているのですが、80歳目前の今でもなぜか眼鏡を拒否。
ところが、最近ドライアイ気味なのかよくレンズがずれて、眼科でもメガネに変えるよう言われていたらしいです。
母はコンタクトレンズを使わないので、扱い自体全く分かりません。今は老老介護状態になっており、次々起こるちょっとしたトラブルに振り回されています。
「なんで夜になってまた…」とは言わなかったけれど、母が悲鳴を上げているような気がして、実家に行ってみることにしました。
レンズはどこ?
行ってみると、片方のレンズは元に戻っています。そっちを外してもらい、もう片方の目の中を見てみましたが、かなり奥へ行ったのか見つからず。もしかすると落としたかもしれません。
焦ると見つけたり、外したりが余計難しくなるので、しばらく世間話をしながらもう一度トライ。
でも、どうしても見つけることができませんでした。
レンズを探してもらって眼鏡を作るまで、いつものかかりつけの眼科では2週間かかり、3回は通院しなければいけません。父はもう外は歩けないので、そのたびに往復タクシー利用です。
2週間裸眼では、家の中でも転倒などケガの心配も増えます。
ここで母が、
間に父の入院治療もあるのにそれでは間に合わないし、
入院中は眼科の外来は受けることができないし(かかりつけ医から紹介されていないため)、
裸眼の間にいつもより転倒しないかずっと気を張っていなくてはいけないし、
「もうどうしたらいいのかわからない!」と切羽詰まった状態になってきました。
話しているうちに、いい方法が見つかる
病院関係の話をするうちに、いつもコンタクトを作るときにかかる眼科の話になりました。同じビルのテナントに眼鏡店もあって、少し時間はかかりますが、その場で眼鏡を作ることもできます。
その眼科でレンズを外してもらい、必要ならメガネの処方箋も作って(たぶん不要)、眼鏡を作って帰ってくることができそうなので、父にも母にもはるかに負担が少ない。
私もハードコンタクトを使っているので、
「昼寝の時に、レンズ外してないでしょ。ズレやすくなるんだよ」
「ドライアイになるとよくずれるよ~ そういう時は眼鏡に替えて目を休ませたほうがラクだよ」
と、同じコンタクト利用者として(笑)話してみると、父もやっと眼鏡を作ることに納得してくれました。
事はレンズだけでなく
今回、実家に行ってわかったのは、たとえ要介護1でも介護する側には相当の負担であること。
本人に次々と不調が訪れるため(今回は帯状疱疹と、その影響が耳の中に及んだ)そのために違う診療科を駆けずり回ることになり、直後の時間外にまた眼科へ行く?行かない?の判断をしなければならない。
年を取るとなぜか頑固度がアップし、「どうしてそこにこだわる?」的なことばかり。体は動けないのに要求ばかりが増えてきて、介護する側は振り回されます。
体力も気力も落ちているところに、今回のようにちょっとしたことでもトラブルがあれば、両方が追い詰められた状態になるのはすぐだなと思いました。
以前、車いすに乗った夫を、人目のないエレベーターホールで小突き回している奥さんとか、介護疲れからモンスタークレーマー化している奥さんに遭遇したことがありますが、そういうことなんですね。
顔を出して話を聞き、ちょっとでも手伝って世間話をするうちに、最善ではないかもしれないけれどまあまあの方法が見つかり、肩の力を抜いてもらえたみたいです。
ドアtoドアで30分程のところなので、顔を出す回数を増やそうと思います。直接介護でなくても、買い物や面倒な手続き、掃除や料理など家事回りで手伝うことも結構あります。
本当は、父にデイサービスを利用してもらうといいのですが、そういうサービスがあるのを知らないので(父は介護サービスに関心がなかったらしい)、そっち方面の話も少しずつ(いきなりだと反発されそうなので)様子を見ながらする予定です。
国は在宅介護を推進したいみたいだけれど、大丈夫なの?
追記:結局コンタクトレンズは目の中には無くて、やっぱり黒目に傷があったそうです。父の「眼鏡に変える」決断をお医者様も褒めてくださったそうで一安心。
ただ、某メガネチェーン店は、医師指定のレンズを使わないとのことで、お医者さんからはやめたほうがいいとのお話。結局少し離れた、母が以前利用した眼鏡店で即日作成&調整できたようです。
今回は母が付き添いましたが、移動が不自由になるとちょっとした用事も大事(おおごと)。引き続き様子を見守ろうと思います。
若者の2万円、その親の2万円は違うことと、私の勘違い。
こんな記事を見つけました。
親の将来の老後資金より、若者の将来に投資しよう!とのことですが、ここで思い当たることがありました。
私の両親、特に母は、私が勤めだした頃など、初任給をもらった時や、母の日やそのほかの機会に、私からのプレゼントを受け取ろうとはしませんでした。当時、母はフルタイムで働いていたのもあるのでしょうが、
「何か欲しいものはない?」
「いいから、お金は取っておきなさい。何かの時に自分で使えるお金は大事よ」
せっかく何か贈ろうと思ったのに…
私のプレゼント下手って、この所為かも… ← 大きな勘違い。人の所為にしている。
忙しすぎて使えなかったこともあり、私は自分のお金を貯めて、その後マイホーム購入の頭金として役立てることができました。
自己投資という言葉はありませんでしたが、母は、「親のために使うくらいなら、子ども自身の貯金とか、何かの経験に使え!」と言ってくれていたのだと思います。
2万円分のお金は、誰が使ってもそう変わりません。が、得られたものの持つ意味は若者とその親では大きく違います。それは、人生に残された時間の長さ、将来性の持つ重みなのでしょう。
中途半端に親からお金を与えられて、怠惰に育つ子のケースもあるので難しいのですが、生かすべきタイミングで、ちゃんと生かすことができればお金の持つ価値はいかようにも広がる。
親の老後を子どもへのプレッシャーにしないよう、持っているお金を有効に使うよう伝えることが金銭教育の目指すところなのかな
と思った記事でした。
誰かの足しになればいい。その点ブログは気が楽です。
世間話のついでに、ついつい周囲の人に「こうしてみたら」的なことって言いがちなんですが、それっていらないお世話ですよねー
このブログって、特にテーマも決めずにいろいろ書いていますが、第一には自分のため。書くことで気持ちの整理をしています。
もし、誰かの、何かの役に立つならもうそれはおまけみたいなもので、読みたい人が読んでいってくれたらいいかなあと。
読みたくない人は来ないでしょうしね。そこがブログのいいところだよね。
先日はてなさんからブログ開設2年だよのお知らせが来たけれど、2年もブログをやっていて、更新頻度とか、アクセス数とか、読者数とか、きっとはてなでも群を抜くくらいの亀ブログかもしれない!
と思いつつ、最近読者登録される方が増えているので、うれしくてたまりません。
ありがとうございます!!!
それでは、これからもよろしくお願いいたします。
「ランチ代はだれが払うか問題」はどうでもよくなった件
毎度お騒がせしております。私たち夫婦のランチ問題、問題にしていたのは私だけかもしれません。
今どうなっているのかと言うと、全然気にならなくなりました。
言いたいことはその都度言う
「百均で買い物したい」「〇乃珈琲でランチしたい」「眠たいので昼寝します」「ソックスを買いたいのでスポーツ用品店に行きたいです。遠いので車借りて(カーシェアね)ください」etcetc…
と、その都度自分の言いたいことを伝えて、外出先でランチの時は家計費から遠慮なく出しています。今月は繰越金が2万円と「お財布が文字通り温かい」状態だったので、強気だったからかもしれません。
二人で楽しむ食事や時間に払うお金は、「預かっているところ」から出していい
って思えるようになりました。
追記:今までは家族4人分の生活費だったので、正直、そこまでの余裕もなかった。
でもね、今後家計のお財布が寂しかったとしても、「お財布が寂しいので今回はムリです」とか「今回は出してくれたらうれしいです」とかサラッといえると思う。私個人のお財布から出したっていいんだし。
出してくれないから、「大事にされていない」という考えはもうないです。
「自分の言いたいことを押し込めないで表に出す」っていうのは、すごく大事。言ってみて、自分の言い分が通らなかったとしても、言うだけで気が済んでしまうこともあるみたい。
ランチどうこうぐらいだと、言われたほうが気を悪くすることもないですし(前はこんなことを言ったら、気を悪くされると思って言えなかった)。
自分の気持ちがなんだかのびのびしています。
追記:のびのびしているところに、夫の転職話がまた舞い込んできました。今の夫の精神状態は、前の時のようにネガティブではないので、いい傾向だなーと思っています。
時々あることなので、別にこれで即転職というわけではなく、いただいたお話の内容でその時の運気?バイオリズム?本人の状態?の良しあしの判断材料にしています。
もしかしたら、自分にも書けることがあるかもしれない
実は、ここのほかにもう一つブログを持っています。
そちらでは、なかなか記事の更新がはかどらなくて、どうしたもんかなあと思っていました。
さて。
私が取ったFP資格は、仕事にしなくても自分の家計のために勉強する方も多いそうです。社会保険制度や税金その他、お金にかかわる制度については知っておいて損なことはないですしね。
ところが先日、FP資格を持っている人でも、家計がうまく回せないということを知って、「え、そうなの?」とめちゃくちゃびっくりしました。
冷静に考えれば、関連知識が豊富にあることと、実際にそれをどう使うかということは別。確かにテキストには家計をスムーズに回すためのノウハウは書いてありません(笑)
そこで別ブログのほうに、そのノウハウをまとめることにしました。ノウハウ+知識でその人に応じた資産形成ができるってところまで書けるといいんですけど。
あと最近巷でよく見かけるのが、「自分の好きなことにお金を使えば、(今借金があっても)お金がどこかから回ってくる」というもの。
よく見るとわかりますが、それと必ずセットになっていることが、
「そもそも借金を直視していない」
「お金が入ること自体が目的になって、本当に好きなことにお金を使っていない」
「今お金がないから使う=自分は貧乏であるという前提から抜け出せていない」
などがあって、みんなそこをがっつり見落としているみたいです。
そのことは別にいいんですけれど、地味でもやることさえやっていれば、ロジカルな範囲だけ見てもお金はちゃんと回るので、お金と気持ちが安定してから好きなことにお金を使えばいいんじゃない?
っていう思いもあります。
足元が安定してくると、次第にがめつさは減っていくでしょうし、一見長期の計画は立てることが無駄な印象を持ちますけれど、計画はそもそも都度見直しが必要なものですし、ウチの場合で言えば計画は前倒しで達成されたり、上回ることのほうが多いです。
私は、なるべくお金の管理に割く労力は小さくして、自分の好きなことややりたいことのために、お金やエネルギーが使えるような環境作りのお手伝いができたらなあと思っています。
そういう記事を、昨日から書き始めました。
書き続けられますように!
運がいいとも悪いとも言えない。本人の成長が親はうれしい。
先日再就職をしたウチの子ですが、
月中からの勤務開始だった所為か、出勤日数の数え間違いであることが判明。社会保険料は翌月から引き落とし開始ということで一件落着しました。
が!
会社からの一斉メールで、不穏な通知が来たそうです。具体的な内容は避けますが、これまで慣れない勤務や、引継ぎのこと、これまでずっと休んでいたために落ちた体力etcetc...で本人はイマイチ元気がなく、疲れた様子だったのが、
「なにこれ!また〇活か?」
と完全な怒りモード。速攻でネットで調べ物をしたり、週末に予定を入れたり、その他諸々行動的になっています。
「引継ぎでできるようになったのは、〇〇で、まだ△△は身についていないから、集中して覚えよう。それから◇◇だってアピールできるな」
など、面接が死ぬほど嫌いな人間の言葉とも思えないセリフがポンポン出てくる。
状況は今日明日にどうこうなるものではありませんが、きっかけが何であっても、「本人の良い面がやっと表に出て来たなあ」、「元気になったなあ」
と親はうれしいのであります。
高かった服を断捨離して気が付いたこと
今まで、ブランド物のスーツ何点かを手放せずにいました。
- 高かったよなー
- せっかく母に買ってもらったのに
- 母に「捨てちゃったの?」と聞かれるのが怖い
他にもいっぱいいっぱい手放せない理由が出てきました。手放さなければ、こんなに悩まなくてもいいのにと思いつつ、何度も何度も同じことを繰り返す。
もちろん、悩むたびに手持ちの服はどんどん減っているのですが。
で。
自分がどんな思い込みを握りしめているかはわからないけれど、とにかくゴミ袋に入れてしまおう!とクローゼットからスーツを取り出しました。
「まだ汚れているわけでもないし、何回も着ていないのに」と思いながら、着てみたら…
キツすぎて入りませんでしたー
独身時代の服なので、7号サイズ。今は体重も6キロ増で9~11号。ムリムリ!
そこで気がついたこと。
「私って、まだ7号サイズでいたかったんだなー」
「いつか着られるから!って、思っていたかったんだなー」
「実際はあの時より太っているのに、目を逸らしていたんだなー」
今でも毎日体重計には乗っているんです。ちょっとヒザだの腰だの痛いからって、最近はウォーキングもさぼりがち。
↑ 7号サイズを握りしめていたことがわかったら、あっさり手放そうと思えました。もっと今の体型に合う服を手に入れます。
自分の気持ちは、書くことでわかることもあるけれど、動いたり試したりしてわかることもあるんだなあと思えた断捨離体験でした。